担当者のブログ

昭和36年に存在した「鹿児島県農業法人協会」のこと

 

事務局の坂口です。いつもお世話になっています。

みなさん覚えていらっしゃらないかもしれませんが、昨年3月に白石が、(有)福山特殊農産のブログをアップした時に、「事務所の引越しの時、昔の農業法人協会の書類を見つけました。後日ブログ紹介します」と書いていました。
その後、自分も白石もイベントの準備で忙しく、すっかり忘れてしまいました。しかし結構興味深かったので、遅ればせながら私の方で紹介させていただきます。

photo1.JPG

(書類表紙)

 

昭和36年(1961年)に設立された、現在とは別組織の「鹿児島県農業法人協会」。当時は、昭和32年に徳島県でのミカン紛争、昭和33年の鳥取県の二十世紀ナシ紛争など、法人経営を営む農家と税務署との裁判闘争がさかんに行われていました。国会は昭和37年に当時の農地法を改正。農地の権利主体として、農業生産法人が認められた時期です。鹿児島県でも、農業の生産規模を拡大して、所得を伸ばす手段として法人化の運動が展開されました。当時の法人は、現在と違い、複数の農家の共同経営が主流だったようです。
おそらく発起人の方々は、あまり交通手段が発達していない中で、何回も地方から鹿児島市まで足を運ばれて、話し合いを重ねたようです。設立趣意書から当時の熱意がひしひしと伝わってきます。

photo2.JPGのサムネール画像

(設立趣意書)

 

photo3.JPG(当時の新聞記事)

 

設立総会は、昭和36年5月12日(金)に県農業共済会館で行われました。55名の方が加入され、養豚、肉用牛、酪農、果樹の方々でした。当時の会長は鶴窪和志さん(指宿山川農協常務)、事務局は現在と同じ農業会議でした。年会費は500円で、今の貨幣価値では1,000円程度になるようですね。

photo4.JPG

(通知文書の起案)

photo5.JPG

(規約集)

 

活動内容は、農業構造改善のための協業化や、協業化資金の確保に向けた勉強会、現地研修が中心のようです。(会の模様の写真はなく残念でした)また、情報誌「農業法人」(1部20円)の配布もありました。

この農業法人協会が、その後どうなったのかは、昭和37年までの書類しかないため、わかりませんでした。当時の農業法人は補助金の受け皿で設立されたものが大半で、その多くが休眠状態になりました。おそらく組織自体もなくなってしまったものと思われます。

しかし、なんと、当時の会員さんから話を聞くことができました!

 

photo6.JPG

(会員だった池田靖さん)
霧島市牧園町の池田靖さん、御歳80になられます。当時30歳で、会の中で一番の若手だったようです。当時のことを「あまり覚えていないけどねー」とおっしゃりながらも、懐かしそうに振り返っていただきました。
「なぜ加入したかというと、発起人の川路益巳さん(谷山市坂ノ上共同酪農組合)が高校の先輩で、無理やりいれられたわけ。(笑)ただね、当時は協業化で農業の構造改善を進めようという熱気はすごく感じて、私も負けずに頑張ろうと思いました」と話されます。

「この勉強会は、設立に向けていいきっかけになったよ」と話される池田さん、昭和41年(1966年)に霧島第一牧場を任意組織で立ち上げた後、昭和45年に農事組合法人を設立。多くの協業経営が閉鎖や休眠を余儀なくされる中、協業経営の良さを十分に生かし、現在に至るまで45年間、鹿児島県の酪農をリードされてこられました。後進に道を譲られた今は、アドバイザーの立場で温かく見守っておられます。

 

最後にこれからの経営者へ、「鹿児島の農業はまだまだ可能性がある。6次産業化など、先進的な取り組みをする人が増えたが、生産という基本をおろそかにせず、地に足をつけた経営をしてほしい」とメッセージをいただきました。池田さん、本当にありがとうございました。(たくさんお話しいただけたのに、ちょっとしか掲載できずごめんなさい....)

余談ですが、私の父は県農政部でお世話になっていました。池田さんとはその当時から一緒に仕事をさせていただき、父は少し下の後輩として可愛がってもらったようです。「君もお父さんに負けずに頑張れ」と激励され、恥ずかしさとうれしさで感無量でした。情報誌の表紙に「企業的感覚で販路の打開を」の見出しがあります。50年前の当時から、高い意識で農業経営を行っている方々がいたのだなと、実感しました。現在ご活躍の皆様にも、先人が理想の農業を目指して奮闘されていたことを、ぜひ知っていただきたくて、紹介させていただきました。

photo7.JPG

(情報誌「農業法人」創刊号)

photo8.JPG

(情報誌「農業法人」第2号)

 

 

私事ですが、このたび農業会議内の異動で、総務関係の仕事をすることになり、農業法人協会の仕事を離れることになりました。本当にお世話になりました。
事務局として期待に応える働きができず、悔しい思いばかりの3年間でしたが、厳しくも温かい指導とご支援をいただき、大きな財産になりました。ありがとうございました。
私の後任は大槻博係長がしっかり務めます。白石も引き続き頑張りますので、これからも鹿児島県農業法人協会をよろしくお願いします。